元何々ってな肩書きは、その人間の価値ではない。今何か?現在が大事。

 In 頑固親父ブログ

沖縄返還のときの総理が佐藤栄作で米国がケネディだった。

米国訪問して対談の予定が十分だったようですが安岡先生のアドバイスもあって、一時間以上に延長されたと記されています。

佐藤総理を材暦総理として抜くという記事がやたら出てきますが、何年やろうが実績や日本国をどうしていくとか何をしてきたかというものが全くなくてただ戦争が出来るアメリカに盲従して北や中国におびえる政治で他国を利用して選挙にも勝ってきたわけで何も出来ているわけでもない。

北の件にしても何一つ進展は無い。中国にしても国旗をはずされて退団してるような恥知らず。アメリカなんか中東で拉致されたジャーナリストをカネで解決しているのに、後藤さんなんかは殺害されてしまってたすけてもいない。今つかまってる安田さんにしても、他国は帰還させてるのにニッポンは一向に解決していない。全く体を張って国民を守る気なんかさらさら無い、てめぇだけよければいいんだ。

選挙も毎年のようにやって国政選挙という大変なことを「大義なき選挙」公然といってやってる無能な政治家。国政を争うんだったらニッポンをどのようにするかぐらい原稿を読まずに顔を上げて堂々と離したらどうだ、」どこのトップだって下を向いて自分の意見を早口でぼそぼそ言ってるような姑息な奴はいない。情け無い。

人間は「今どういう人間だ」ってのが肝心であって元何々とかいうような得に大臣をやりたがるのは何をやったかではなく元何々が欲しいんだね。

橋本佐内という明治の志士が十六歳で書いた啓発録には「稚心をされ、童心を持て」とある。子供がお菓子やおもちゃを欲しがるのが稚心であって政治家が大臣を欲しがると一緒。

大体ニッポンがここまで崩れてきているのに、大臣をたらいまわしにして自分の地位の安定を図ってる馬鹿な政治家は無い。今の日本がアジアでどのようになってるか分かってるのか?

元何々といったものを欲しがってるうちは成長は無い。中国はそれを一番嫌う。要は実力主義であって、他人の良し悪しも自分の目で確実に見分ける。中国と渡り合えるわけが無い。

淮南子に「五十にして四十九の非を知り六十に化す」と有る。自分が会社を五十にしてやめたのはこの言葉だった。

五十にもなれば部長になったり社長になったり責任の重い地位に着き禄高も多くなるわけで権力も増してきて、「俺もよくやったな」ってな気持ちになってるようではだめだ。

四十九までの自分の悪いところ見出し五十からよーしその課題をクリアするぞってな気持ちをもたにゃあかんっていうことだ。

元何々とかいってるようなものは所詮そこでとまりで人生終わりって言うことだね

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