細井平洲先生

 In 頑固親父ブログ

江戸時代には郷土に庶民を教えた人物が大勢いた。いまでいえばテレビのキャスターとでもいうか、とてもとてもおよびもつかないですがね。

この名古屋東海地方にはまた優れた人物が多く上杉鷹山公を教えた細井平洲先生は西郷隆盛が「南州」とつけてるように平洲先生の南にいたということで

南州とつけたようです。

先生の親友であった木村蓬莱という方がまたまた有名な方で「白鷗」を説いた。

『白鷗というものは、きれいな、青々とした澄んだ水のなかに悠々と浮かんでおるが、しょっちゅう脚を動かしている。あれをみならへ』

【悠々として迫らず、しかも絶えず見えざるところで努力している。白鷗のようであれ】

こうありたいですね。

今はこれが反対になっちゃってみっともない。

「恥」をもたんとあかんね。

「人物を私淑したり、尊敬していけば恥は心に芽生えてくる」歴史を学ばんとあかんね。

 

 

 

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